豊國神社の縁起物の「仕事絵馬」と「太閤出世ぞうり」を購入してきましたのでリポートします。また桜井識子さんが、つらい状況にあった豊臣秀吉さんと初めて会ったところから、脅威のスピードで神様になった秀吉さんについて分かる本とブログをまとめました。
豊国神社と縁起物
豊国神社
↓雨だったので写真が少なくてすみません。こちらがお参りをするところです。豊国神社はこれ以上、中には入れません。

↓振り返って参道を撮っています。向かって左側に駐車場と授与所があります。授与所の方にお聞きしたところ、停めてどこかに行くことなく、お参りだけなら駐車料金はなしで停めさせていただけます。

↓柵から中を撮っています。

↓こちらは以前に参拝した時の写真です。上の写真の中央の屋根の下で結婚式が行われていました。秀吉さん神様のご加護をいただいての結婚式って素敵ですね。

豊国神社の授与品に関するブログ
仕事で出世するパワーが入っている「仕事絵馬」と秀吉さん神様の強烈な開運パワー入り「出世ぞうり」が縁起物であると紹介されています。(御朱印はいただいていません。)
豊国神社の縁起物「太閤出世ぞうり」
「仕事絵馬」と「太閤出世ぞうり」が縁起物としてカレンダーで紹介されたころに一度購入したのですが、痛みが激しいことに気づき(ぞうりの方だけですが)新しいものをいただいてきました。
↓古いものです。家の中で吊るして飾っていました。写真が暗くてわかりにくいですが、錆でしょうか、すっかりボロボロでした。

↓こちらが今回購入した「太閤出世ぞうり」です。ピカピカです。秀吉さん神様の強烈な開運パワー入りの縁起物です。

↓台紙を外してみました。識子さんのイチオシの縁起物です。

豊国神社の縁起物「仕事絵馬」
↓こちらは「仕事絵馬」です。仕事で出世するパワーが入っているそうです。以前、購入した時は、授与所の方に「お願いを書きますか?」と尋ねられましたが、今回は何も聞かれませんでした。
この「仕事絵馬」と「太閤出世ぞうり」をセットで買う人は桜井識子さんの本を読んでいるから、縁起物として何も書かずに持って帰ることが授与所の方々に浸透しているのかと思います。

豊臣秀吉さんについてまとめ
秀吉さんに関する書籍
↓桜井識子さんが2013年に初めて豊臣秀吉さんに会いに行ったお話、2015年に「運玉」出版の許可をもらいに行ったお話に加え、文庫本になる時に加筆された2016年にずいぶん状態がよくなられたお話、2018年についに秀吉さんが神様修行に入られたお話が収められています。
↓「運玉」の後のお話です。2016年に高野山の豊臣家墓所で秀吉さんの弟さんに秀吉さんの近況報告をした話、2020年には秀吉さんが神様修行に入られたことを伝え、弟さんとお母様が大喜びしたお話、その3日後に逆に秀吉さんにお母様と弟さんのお話をしたら、秀吉さんがおんおん泣いたお話、秀吉さんの尊い決意のお話はこちらの本に書かれています。
↓「神様のためにあなたができること」の後のお話です。識子さんは熊本県の加藤神社に参拝した時に、加藤清正さん神様から秀吉さんが神様になったことを聞かされます。清正さんは秀吉さんが晩年にやったことを批判する人もいることについて「本質を見失うな」と言いました。
桜井識子さんの目で見た豊臣秀吉さんに関するブログ
識子さんが「運とは一体なんなのか」について興味を持ち、豊国廟の豊臣秀吉さんに会いに行きます。そこで運をゲットするすごい方法を教えてもらいます。でもこの時の秀吉さんは元気がありませんでした。このお話はのちに書籍運玉 誰もが持つ幸運の素 (幻冬舎文庫)になりました。
豊国廟の写真です。(かなり長い階段を登った頂上に廟があります。最近は木を刈り込んで北側にある清水寺を見ることができるようになっています。)
400年もの間、独りぼっちで空間に取り残されていた秀吉さんに、たくさんの読者さんが会いに行くようになります。ある読者さんが、豊国廟を尋ねた時に秀吉さんに嫌われたと思って悲しい気持ちで階段を降りた話です。実際は、秀吉さんが「嫌われてもいいから、参拝者を守る」という優しい気持ちでやったことでした。
たくさんの読者さんが秀吉さんに会いに行ったことで、秀吉さんは元気を取り戻し、どんどん状態が良くなっています。中門から廟までの階段をすごい勢いで駆け上がる秀吉さんは信長さんに呼ばれた時もこのようにして、思いっきり走って登っていた、と笑っていたそうです。
蚊の話ですが秀吉さんの言葉が紹介されています。秀吉さんが言うには、たとえば100匹のうち、95匹は押さえられても、残りの5匹はすり抜けてしまうことがあるそうです。
秀吉さんは神様修行に入られました。識子さんが豊国廟に行くと、秀吉さんは本当に努力を惜しまずに頑張っておられ、感動したそうです。神様修行に入られたので豊国廟ではなく豊国神社の方でも呼べば来てもらえるようになり、お話や願掛けができ、ここでも応援できるようになりました。
人は深い感謝をすると、霊格が上がるというお話です。これは神様も同じで、秀吉さんは神様でありながら、ビックリするほど誠実に、人間に感謝をされています。そのような神様は、ものすごく慈悲深くなるそうです。
豊国廟には、1人で登る女性が多い、ということを知っている、よくない男性がウロウロしているそうです。女性は1人で行かない方がいいです。秀吉さんは神様修行に入っている(現在は神様)ので豊国神社でちゃんと話ができます。
「運玉」に書かれていた秀吉さんの言葉です。過去の良くない行いについて、一番よくないのが、いつまでもしつこく思い悩む、後悔をすることだそうです。秀吉さんは、「人生の途中で何か悪いことをしても、後悔するような失敗をしても、それは一旦、横に置いておけ」と言っていました。
秀吉さんは、「人生の途中で何か悪いことをしても、後悔するような失敗をしても、それは一旦、横に置いておけ」と言っていました。その気持ちのままだと、「運」や「福」がやってきてもうまく受け取れません。苦しむだけでなく、幸せになるチャンスも、のがしてしまうのです。
スピリチュアルな世界を知っている人、信じている人は、生きている人間にプラスして、見えない世界の人も救うことができます。豊国廟の秀吉さんと高野山の豊臣家墓所のお母様と弟さんを写真で繋いであげた読者さんのお話もあります。
秀吉さんのお話を時系列でまとめてあります。最初の参拝で運玉のことを教えてもらい、2回目の訪問で秀吉さんが次元の隙間で400年もの間、ひとりぼっちでいることを知るところまでです。
識子さんは日光東照宮に行って徳川家康さんに文句を言います。すると家康さんは後悔の念を、強く持っていました。さらに家康さんは神様になっていませんでした。
読者のみなさんの応援を受けて秀吉さんは脅威のスピードで神様修行に入ります。熊本県の加藤神社では加藤清正さんが口を滑らせて秀吉さんが神様になったことを識子さんに言ってしまいます😓
日光東照宮に秀吉さんが来て神様になったことを報告し「もう気を遣わなくてももよい、どうか、神になって下さい」と言います。家康さんは秀吉さんに気を遣って神様になっていなかったのでした。秀吉さんと話して罪悪感や後悔、わだかまりがすべて消えた家康さんは、「では神になろう」とそこから修行始めたそうです。
高野山の豊臣家墓所に行くと、お母様も弟さんもおられず、秀吉さんと血のつながった男の子(仏様)がいます。まだお母様と弟さんがいる時に神様になった秀吉さんが来た話をしてくれます。
2016年と2020年に高野山の豊臣家墓所で弟さんとお母様と話した時のお話です。
豊国廟にも眷属がいるため声もお供え物も届きますが、遥拝という感じで……ちょっと遠いのです。秀吉さんに〝会いたい〟〝ご神気や恩恵をいただきたい〟という人は、豊国神社のほうです。
大河ドラマ「豊臣兄弟」でドラマで弟さん役の俳優さんが、「ワシはどんなことがあろうとも、兄者(あにじゃ)を裏切りませぬ!」と強く言い放つ・・というシーンがあったのですが、弟さんは本当にそのような人物なのだそうです。
最後に
今回、秀吉さんに関するブログをまとめるため、本や記事をあらためて読み返しました。以前読んだときも涙が出ましたが、今回も何度も胸が熱くなりました。
秀吉さんは、桜井識子さんや多くの読者の方々の励ましを受けて、状態がどんどん良くなっていく中で、並々ならぬ努力を重ね、異例の速さで神様になられたのだと思います。今もなお、人の何倍も働いておられるのではないでしょうか。
つい最近伺ったばかりなのに、またすぐにでも応援に行きたくなってしまいました。
↓こちらの本では参拝のパワーで秀吉さんが変わっていかれたお話が紹介されています。(少しです)死後に満足できるお墓選びや、いつか帰る世界について詳しく分かります。
↓高野山の豊臣家墓所で秀吉さんの弟さんに秀吉さんの近況報告をされたお話が載っています。(少しです)空海さんと高野山、高野山でできるありがたい体験が紹介されています。
識子さんの足あと

